モデルナアーム

私は今慶應大学に在籍している。

最近新しく行った美容室の職業欄に学生と書いたら世間話の流れで学校名を訊かれ、「慶應大学なんですが通信制の学部なんです」の「慶應」と言いかけたところでサービス精神旺盛な美容師さんが積極的なヨイショをしてくれたためその後の「通信制の学部なんです」がとても言えるような雰囲気ではなくなりその美容室で私は慶應の法学部の学生という事になってしまった。

たしかに間違ってはいないのだが限りなく表示偽装に近いためそれをとても心苦しく思い、あらぬ誤解を受けるくらいであれば次からは今までのように無職と自称する事を決意したのだった。


しかし通信学部とは言っても、一応慶應大学ではあるためそれなりに単位取得と卒業のハードルが高く設定されており、高卒職歴なし無職で学力常識がなくここ10年ほどせいぜいクソツイの連投しか文章らしきものを書いていない私であってもよそいきの文章の体裁すら保てればギリギリ小論文審査に通り入学自体は可能な程度の難易度ではあるのだが、予備試験の勉強(サボり気味)とテキストを利用した自宅学習での単位取得を並行する事は難しく4月に入学してから現在までまだ1単位も取得していない。慶應大学ではなく慶應通信と正直に申告していたとて、在籍していると名乗る事自体おこがましいような有り様だ。


そんな不良三十路なんちゃって学生の私にも慶應大学はワクチンを学生枠で集団接種させてくれるというので「これがノブレスオブリージュってやつだね?」と感心した私は陸の王者の寛大な厚意に甘え若いエリート学生を押し退け予約開始日の朝に接種予約を済ませ、流れるような早さで1回目の摂取を済ませた。

たまたま接種会場での私の前の並びが私よりひとまわり程度年下であろうリア充風キラキラ美人女学生集団、問診の慶應OBの医師は渋いハンサムという巡り合わせであった。

そのせい、というか彼彼女らは一切何も悪くないのだが私があらゆるコンプレックスを猛烈に刺激されて卑屈になり、私の注射による体調不良を心配して有給を取り23区の限界集落にある我々の自宅からわざわざ三田まで着いてきてくれた妹を相手にサイゼリヤで涙目で「格差社会を目の当たりにして生きるのがつらい、賢いならせめて美形ではない顔立ちか出来れば私よりブスであってくれ」とひがみ丸出しの最低な愚痴を言った。妹は基本的に身内に態度が悪いため、「お前ほんとめんどくさいよ」と一言返されあとはイケメン戦国だかイケメン戦艦だかわからぬが妹自身が好きなゲームの話を延々としてきて私の話などまともに取り合わないのだった。ウザ絡みに対するこれ以上正しい対応があるのだろうか?と我が妹ながら本気で感心する。


1回目接種後は結局37.5度の発熱と頭痛と腕の痛みの副反応が出た。

以前親知らずを1週間おきに2本×2本の同時抜歯した時、難抜歯の割にどこも全く腫れず痛みに弱く必要以上に痛がるきらいがある私が当日から普通に硬いせんべいを食べられる程度だったので、きっと私は腫れにくい体質で、副反応がきついとされる2回目接種も発熱と我慢できるぐらいの腕の痛みぐらいであとは問題ない、モデルナアームは大丈夫だろうとたかをくくっていたら大間違いだった。接種翌日の39度の高熱に加えなぜか接種した側の腕全体が1.5倍とまではいかないが明らかに見て分かる程度に赤く腫れ上がり衣服が触れても痛痒く指すら曲げにくいような副反応に見舞われている。


2回目の接種は水曜日だったため、本来金曜日にある予備校のビデオ通話指導予定を大事をとって今週は日曜日に設定していたのだが、"ワクチン接種により腕が腫れ上がり患部保護のためノースリーブしか着用できず、ただでさえぶっとい私の腕がさらに腫れ上がっているのを見せたり見たりするのはあまりにも双方の精神的な苦痛が大きすぎるので"という事象を先方になんと説明していいか分からず、体調不良という事で日曜日の予定をさらに延期できないか申し出た。

腕が太いからというばかげた理由で指導を延期するおろか者は後にも先にも私ぐらいであろうと思う。

延期の申し出に対し先方から"具合の悪い中ご連絡下さりありがとうございます。延期しときますねお大事に"という趣旨の返信が届いた。「違うんです、具合が悪いというより私の腕が太いからなんです」と今さら返すわけにもいかず、私の小さな良心がちくりと痛んだ。